大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)755号 判決 1968年9月26日
控訴人 中井光次
<ほか一名>
控訴人ら訴訟代理人弁護士 押谷富三
同 田宮敏元
同 辺見陽一
被控訴人 上田徳兵衛
<ほか一名>
被控訴人ら訴訟代理人弁護士 荒木宏
同 鈴木康隆
同復代理人(荒木代理人選任)弁護士 高村文敏
同 河村武信
主文
原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。
被控訴人らの右部分に関する請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする」との判決を求めた。
当事者双方の事実に関する主張および立証の関係は、控訴人ら代理人において「和爾選挙対策本部なるものは、概して保守系の候補者の選挙についていえることなのであるが、実質的な運動員の士気を高め、かつ選挙民の注意を引くために名前だけを出し実際には選挙運動に関与しない著名人の運動員と実質的な運動員とが混合している集合体であって、その全体が一個の組合またはこれに準ずるものではなく、控訴人らは右にいう名前だけの運動員に過ぎない。すなわち控訴人らは、本件委嘱状の発送について何ら関与せず、また本件委嘱状の発送をなした事務員に対し監督権または代理監督権を有しない」と述べ、当審証人萩野敏男の証言を援用し、被控訴人ら代理人において「本件を慰藉料請求に変更する意思はない」と述べ、当審における被控訴本人両名の各尋問の結果を援用したほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
理由
本件における争いのない事実の摘示および争点についての当裁判所の判断は、左に付加するもののほか原判決理由欄一ないし三記載の説示と同一であるからこれを引用する。
一、≪証拠省略≫中、右に引用した原判決の事実認定と牴触する部分は採用できない。
二、ところで不法行為により被控訴人らの社会的名誉または同人らに対する政治的信頼は毀損されず、同人らの名誉感情が傷つけられたに過ぎない本件の場合に、被控訴人らにおいて民法七二三条所定の「名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分ヲ命スルコト」を求めることができるかどうかについては疑いがないわけではないが(同条の「名誉」は社会的名誉等社会から受ける人格的評価をいい、単に人の内心に存する名誉感情はこれに該当しないと解する余地がある)、これを積極に解するとしても、当裁判所は、被控訴人らが請求する謝罪状の交付またはこれに類する処分を控訴人らに命ずることは、少くとも現在(昭和四三年五月一六日当審口頭弁論終結時)においては、「名誉ヲ回復スルニ適当」な処分であるとは解し難い。けだし被控訴人らが受けた名誉感情の侵害による精神的苦痛は強いものであったには違いないが、選挙中という特殊な状況のもとで発生した一時的なもの(被控訴本人上田の当審における供述中には、「選挙の時でなかったら、あほかいなということになったかもしれないが、その時の情勢を考えると頭にくるのが当然だと思う」という趣旨の部分があるが、右供述部分は前記判断の支えとなるものである)と解するのが相当であり、したがってその後の時日の経過により、右苦痛は殆んど回復し、もはや謝罪状の交付またはこれに類する処分を命ずることは適当でなくなったと判断し得るからである。
三、してみると被控訴人らの謝罪文書交付請求の一部を認容した原判決部分は結局失当であるからこれを取消し、被控訴人らの右部分の請求を棄却することとし、民訴法三八六条、九六条、八九条、九三条に則り主文のとおり判決する。
(裁判長判事 入江菊之助 判事 小谷卓男 乾達彦)